- 国際石油取引所
- 日本は国際連合の中で一定の信頼を得ている。これには、大国が自国の都合で国際連合を軽視する事例がある中、協調の姿勢で国際連合を重視し、国際的な機構に多く参加して来たことや、国際連合を財政面から支えている国の一つとなっていることなどがその背景にある。 現在、国際連合の通常予算のうち約20%が日本の負担である。この他の国際連合の機関にも日本は資金を提供している。この多額の分担金に対して、日本国内に費用(分担金)と効果(国益)の具体的な検証が必要であるという主張が根強くある。なお、国連予算の分担金には、国際連合の行動の中立性を保つため、特定の国が突出しないように上限が設けられている。詳細は「財政」の節を参照。 日本国内の一部には、日本の財政的な負担に比べて日本人の国連職員の割合が少ないという声がある。しかし、分担金は加盟国の経済力(GNPや国民所得など)を基に算出されるため日本人職員数とは比例しない。職員数は国連の求人に応募した人数と関係が深い。日本人職員数の少なさに関しては、国際連合職員と日本国内の公務員などとの給与の格差、日本人の語学力不足などが原因としてあげられている。 一方で、国際連合の幹部職員として活躍する日本人も少なくない。 日本は、2004年から2006年にかけて、安全保障理事会の常任理事国となることを目指して国際社会に強く働きかけたが、今後も実現の見込みは極めて難しい。 日本はかねてから常任理事国となることを望んでいた。その理由として、国際社会での発言力の強化がよく言われる。大国の一つである日本は、世界の安全保障に無関心・無責任ではいられない。それに、多くの国と経済関係を持ち、食料や原料などを輸入に頼り、工業製品などを輸出する大貿易国である日本にとって、世界の平和と安定は国民の生活や経済に直結する重要事である。また、非常任理事国は投票で決めるため、選挙の度に運動費や支持の見返りの援助などで多額の資金が必要となり、財政的に大きな負担となっている現実もある。 日本は2008年度で国連分担金の16.624%をくりっく365 しており、米国に次ぐ2位である。2000年度には20.573%に達していた。日本側は過大な負担と見ており、2001年度からは19.468%、2007年度から現行の割合になったが、それでも米国に次ぐ負担であることに変わりはない。日本は常任理事国入りが実現しなかったことを理由に2005年10月17日、小沢俊朗国連三席大使が国連総会第5委員会(行政・予算)「安全保障理事会の5常任理事国の4か国(英仏中露)を足しても、その地位を拒否された一加盟国より財政負担が少ない。こうした現状を続けることが許されるのか」と批判するなど不満を表明し、中国、ロシアなどの負担増を求めた。中国、ロシアや発展途上国などは反発したが、結局算定方法は変わらなかった。しかし、日本の経済力が落ちたためもあり、2007年度から大きく負担割合が下がった[2]。 意外と知られていないことだが、日本は国連分担金の滞納常習国でもある。支払自体を拒否しているわけではないが、3〜8ヶ月遅れての完納になっている。2003年度は特に遅れ、完納は1年2ヶ月後の翌年3月であった[3]。 日本の課題として、憲法9条によって国外での武力行使ができないため、現在の常任理事国5国に比べ、国際紛争などへの影響力や強制力、介入の経験などが弱いという見方がある。また、戦後の日本の外交をアメリカへの追従と見なしているFX もあり、「独自の態度を示せない日本が常任理事国になったところで、アメリカが常に2票持つ事になるだけ」と批判する声もある。 その一方、日本も平和維持活動に限定的にであるが参加しており、資金面での援助もしている。また、経済大国でありながら、核兵器の不保持を国是とし、他の大国の多くと違って武力を用いない独自の姿勢が、日本への信頼に繋がっているという意見もある。特に、紛争後に文民を派遣して当事国の政治・経済の安定を図り、経済援助や技術協力などによってインフラの整備をするといった武力を伴わない独自の復興支援は、他の国にはできないこととして高く評価されている。 2004〜6年の常任理事国加入運動では、日本と同様に常任理事国入りを強く望んできたドイツや、近年急速に経済力をつけてきたブラジル・インドと協力関係を築き、4国同時の加入を主張して各国へ働きかけた。しかし、これらの国の加入により、自国の主張・利益を侵されることを恐れる国々は、加入阻止のロビー活動を始めた。日本には大韓民国が、ドイツにはイタリアが、ブラジルにはアルゼンチンが、インドにはパキスタンが、それぞれ強力な反対運動を展開した。アメリカは、当初どの国の加入も認めないと主張していたが、戦争協力への見返りか、4ヵ国の結束を崩す目的からか、日本のみ加入を認めると公言した。フランスは、ドイツの加入を応援していたが、結論が出る間際になって日本の加入も認めた(この頃はすでに4ヵ国の加入の見込みがなくなっていたため、恩を売っておいたとの見方もある)。 しかし、現在は、国際連合改革の遅れによって4ヵ国の加入問題は棚上げとなっている。 2004年、コフィー・アナンが国際連合の事務総長として初めて日本を訪れた。アナンは国会で演説を行ない、日本の自衛隊イラク派遣や支援策を高く評価するとともに、北朝鮮による日本人拉致問題にも言及した。これは、イラク問題において国際連合を軽視して独走するアメリカへの牽制とみられている。 なお、2002年9月に東ティモールとスイスが加盟したことにより、日本国政府が承認している国の中で未加盟なのはバチカン市国のみになった(バチカン市国は国際連合にオブザーバーを派遣している)が、2008年3月に日本政府がコソボを国家承認したのに伴いコソボ共和国もこれに該当することとなった。 国際連合憲章には、「第二次世界大戦中にこの憲章の署名国の敵であった国」を「敵国」とする、いわゆる旧敵国条項(77条、107条)があり、敵国の行動に対する署名国の行動を規定する条項(53条)がある。この「敵国」(旧敵国)が具体的にどの国にあたるのか、憲章は定めていない。この点について日本政府は、旧敵国が「日本、ドイツ、イタリア、ルーマニア、ハンガリー、ブルガリア、フィンランド」の7ヶ国を指すと解している[4]。 国際連合憲章は、2条で加盟国平等の原則を規定し、また4条では加盟国は平和愛好国であると規定していることから、加盟した段階で旧敵国条項の適用を受けることはなくなり、上記7ヶ国が全て加盟した段階で旧敵国条項は当然に死文化したと解釈されている。しかし、日本やドイツでは、旧敵国条項を憲章から削除すべきであると主張され、活発な外交が展開された。その結果、1995年には国際連合総会決議によって、旧敵国条項は死文化しており、その削除のための憲章改正手続を、最も至近の適当な時期に開始する旨の決定がなされた。ただ、実際の憲章改正については、常任理事国の拡大なども含めた抜本的な見直しが併せて進められたため、2008年に至るも実現していない。 設立メンバーのひとつである中華民国は、1971年までは安全保障理事会常任理事国であった。しかし、冷戦下の東西両陣営における微妙な政治バランスの下で、非同盟諸国を中心に台湾の国民党政府ではなく、北京の共産党(中華人民共和国)政府を支持する声が広がった。アメリカや日本は安全保障理事会常任理事国の地位を移譲した上で一般加盟国として国際連合に残る道を国民党政府に勧めた。しかし、国民党政府の蒋介石総統は、「三不政策」に沿って拒否した。 そのため、国際連合においての中国の代表権が中華民国から中華人民共和国に移ることとなる。これを受け、中華人民共和国が国連における「中国」の唯一合法的な代表として承認され、中華民国の代表は国連の議席から追放された(国連第2758号決議「アルバニア決議」)。 しかし、中華民国政府が拠点を置く「台湾」の代表権は未解決であり、中華民国政府は「台湾」名による国連新規加盟を求めている。2007年7月下旬、潘基文国連事務総長は、国連第2758号決議案を引用して陳水扁総統が提出した「台湾」名義による国連加盟を求める申請書の受理を拒否したが、2758号決議文は台湾の代表権問題を解決したものではないことや、申請書を安保理および国連総会に伝達しなければならないと定められた国連手続規則に違反しているとして批判されている。 「台湾問題」の項も参照。